Outer Wildsは、プレイ中もそうでしたが、クリアしたあともめちゃくちゃ考えさせられるゲームじゃないですか?
ループの仕組み、宇宙の眼の正体、Nomaiたちの想い…。
プレイし終わっても「結局あれってどういう意味だったんだろう?」って、頭の中がずっと旅の続きみたいで。
この記事では、エンディングの出来事や宇宙の眼の意味、量子の謎について、自分なりに考えたことをまとめています。
少し専門的なことにも触れながら、プレイヤー目線で素直に感じたことを言葉にした感想・考察記事です。
「クリアしたけど、モヤモヤが残ってる」「他の人の考えも知りたい」って人に、
ぜひ読んでもらえたら嬉しいです。
※本記事はOuter Wilds本編(Echoes of the Eye除く)をクリアした方向けの内容です。
エンディングの展開や「宇宙の眼」「量子の月」などについて深く触れているため、
ネタバレにご注意ください。

Outer Wildsの感想レビュー
まだどういったゲームなのかが分かっていない状態で初めて行った場所が巨人の大海の建造ヤード。
なぜ人工的な施設がここにあるのかも分からない中で階段を降りていく時はとてもドキドキしていたのを覚えています。

この建造ヤードで見つけた文書は軌道探査砲が発射できなくなったという話が中心です。
Nomaiの歴史の時系列的にはかなり後半ですし、この時点では何のことやらさっぱり分からなかったですが、
それでも「住んでいる場所とは別の惑星になぜか自分達が作った施設よりも圧倒的に技術力のある施設があって、そこで見知らぬ言語を読む」ということだけでも最初はワクワクして飽きないものです。
最初は手がかりが断片的でしたが、各地を巡って発見を重ねることで、「これはそういうことなんじゃないか…?」という推理が始まって、それを組み立てていって仮説を立て……
更に新しい発見があり「やっぱりそうだったのか!」というスッキリ感や自分天才〜〜!!!となる満足感。
「そういうことだったのか!」と点と点が少しずつ繋がり線になっていく興奮。
ゲーム内で自分が収集した情報が、私たちプレイヤー自身の頭の中で整理されて理解に変わる瞬間は、本作ならではの知的な喜びです。
物語の中盤からは好奇心だけでなく、使命への責任感のようなものも持ち始めた気がします。
このゲームの主人公は特別なスキルを持たない、平凡なパイロットだと考えられます。周りの人たちから特別な期待はされていないことは木の炉辺で会話をしていれば分かります。

翻訳機を持ってるという意味での期待はされているけど。
なので最初の時点では、「自由に宇宙を楽しもう」くらいの気持ちで旅をしていました。
背負っているものは何もなかった。
しかし、中盤から心持ちは少しずつ変わっていきます。
といっても最初からループしている時間は同じなので、周りの環境は何も変わりません。主人公も喋らないので、主人公の変化も分かりません。
ただ、プレイヤーに知識が蓄積されていくにつれて、「この現状は私にしか変えられないのではないか」という使命感を持っていきます。
更に、最初は古代の異星人の会話を興味本位で覗いていたくらいの気持ちでしたが、実際この異星人は喜びも悲しみもある生身の人々だということをリアルに感じ始め、いつの間にか友人のように感じ始めます。
会ったこともない異星人たちの人間ドラマに心を揺さぶられるだなんて、最初の時点では思ってもみませんでした。
純粋な好奇心だけだったはずが、Nomaiの願いを無駄にしたくないという気持ちもいつの間にか合わさって、「この素晴らしい世界を私の手でどうにかしないといけない」という気持ちを持っていた気がします。
普通のゲームならこの使命感は最初の段階でゲーム側からある程度は課されます。
例えば、「主人公は勇者であり、世界を救う使命を担っている」といった具合に。
しかしOuter Wildsでは、使命は課されません。プレイヤー自身に自然と芽生えるものです。
この自分自身の気持ちの変化が客観的に見てすごく面白いなと思いました。
知識というのはあればあるほど、使命感が強まるのかもしれません。
とはいえ、私自身を飽きさせず諦めさせずに動かしていたのは「使命感」ではなく
「知りたい」「見たことのないものを見たい」というただその気持ちだけだったと思います。
正直このゲームには面倒な箇所もありました。苦労して辿り着いてもループしてしまい、また同じ道を辿らなければいけない…とか。
面倒なのは面倒です。それに変わりはありません。
しかし、この面倒な場面に来るまでに私は色々なことを知ってしまっていて、面倒を凌駕する「もっと知りたい」「答えを知りたい」を持った状態です。
こんなの諦められるわけがないじゃないですか。
この面倒を越えて、終わりがやってきます。
「この世界をどうにかしなくては」という使命感を持って、「この世界のことを知りたい」という好奇心に突き動かされて、その結果結局この世界は終わってしまうのです。
ここで「全てが無駄になった」と思ったプレイヤーはいるのでしょうか。
Nomaiが志半ばで宇宙の眼に辿り着けず死んでしまった事実を、「無駄だった」と思わないのと同じように、私や主人公が知ったことは決して無駄にはならない。
それを最後の新しい世界で表現してくれているような気がしました。
Outer Wildsを通じて感じた最も強いテーマは「好奇心の尊さ」です。
これはプレイ中ずっと肌で感じたテーマでした。
NomaiもHearthianも、さらにはプレイヤー自身も、未知を知りたいという想いで動いていました。
ゲームデザイン自体もプレイヤーの好奇心を刺激し、それに応える形で作られています。
例えば、誰に指示されるでもなく自分の興味の赴くまま星を巡り、気になった場所を探索し、そこで新たな疑問や手がかりを得る…このサイクルがずっと続きます。
ループの中で得た知識のみが次周回に引き継がれるというデザインは、「知ること」が最大の報酬であるこのゲームのテーマそのものと言えます。
アイテムや経験値ではなくプレイヤー自身の理解が成長していく感覚は、まさに自分が物語の主人公として賢くなっていくようで、とても新鮮で満足度が高いものでした。
何度失敗しても挑戦するのは、知りたいという気持ちがあるから。
ゲーム内で描かれたNomaiやHearthianたちも、みな揃って強い好奇心の持ち主です。
Outer Wildsは、その「知りたい」という普遍的な想いこそが新たな発見を生み、そして人生を豊かに彩るのだと教えてくれます。



クリア後に振り返れば、ゲーム全体がプレイヤーの好奇心に導かれて展開した物語でしたよね。
自分の好奇心の強さを測れるゲームでもあるのではないでしょうか。
そしてOuter Wildsは、量子力学から天文学・宇宙論に至るまで多岐にわたる科学的モチーフを物語とゲーム性に巧みに織り込んでいます。
私自身、プレイしながら「あ、この設定はあの理論に似てるぞ」「この現象はあの科学法則を元にしてるのかも」と気付く度に、より一層ゲームの世界に引き込まれていきました。
加えて、その科学的要素がゲームプレイの謎解きやギミックと直結しているため、自分がまるで研究者になったような疑似体験をしていたのだと思います。
現実の科学では危険すぎて試せないこと(ブラックホールに飛び込む等)もゲームなら安全に経験できるという醍醐味もあり、これは“遊べる宇宙科学”。
科学者にもできないことをできるゲームです。最高。



万人受けするゲームだとは思いませんが、刺さる人にはブッ刺さるゲームだと思います。私にはブッ刺さった。
印象的だったシーン:プレイ体験で心を掴まれた瞬間たち
Outer Wildsは「ストーリー」だけでなく、プレイヤー自身が体験する1つ1つの出来事こそが物語の中心。
ここでは、私が実際にプレイ中に特に印象深く感じた瞬間を、プレイ日記とともに振り返ってみたいと思います。
初めて目撃した超新星爆発
初めて超新星爆発を目撃した時のプレイ日記はこちら↓


私が初めて超新星爆発を目撃したのは、灰の双子星にいるときでした。
今思えば、一番近い惑星で見ちゃってるんですね。
初めて見たあの景色が、一番美しかった。
美しくて見惚れながら
「なんだこれは……」と圧倒されて立ち尽くし視界を彷徨わせていたあの時、
振り返ると、Outer Wildsに本当にのめり込み始めたのはあそこだったのかもしれません。
超新星爆発を「いつ見るか」はゲーム側から指定されず、プレイヤーの行動に委ねられています。
この「見せられる」のではなく「自分で見る」体験が、「これは自分自身の物語だ」と実感させてくれました。



このタイミングをプレイヤー任せにしたということが…いやぁ…すごい…
ワープの時差がマイナスになっていることに気づいたとき
ワープの時差に気づいた時のプレイ日記はこちら↓


初期の考察で一番ワクワクしたのが、このワープの時差を発見した時でした。
そして気づいた自分を一番褒めたかったのもこれ。
後になって、Nomaiたちもこの違和感に気づきそこから灰の双子星プロジェクトが始まったのだと知り、
「私もNomaiと同じ驚きと奇妙さを味わっていたのか」と思えたのがとても嬉しかったです。



科学者ってこういうことに気づいてそして実験して…って繰り返すんですね。楽しいだろうな〜
高エネルギー研究所
高エネルギー研究所のプレイ日記はこちら↓


中盤あたりまでは最大の謎であった『灰の双子星プロジェクト』とは何か、が大体知れた場所。
更に前章で述べた通り、「ワープコアの時間差って、こういうことだったのか!」とピースが一気に揃った瞬間でした。
Nomaiが築いた中で最も知識が集約された施設でもあり、
文書を読み解きながら、まるで研究者になった気分でした。



ここでNomai文書を見ている時は本当に楽しかったな〜
実際に実験ができる装置があったのも良かった。
1つの偵察機が2つになる瞬間を見ることができて、この現象がどういうものかその場で見られる等、
現象を”目で見る”ことの興奮をプレイヤー自身が体験できる構造になっているのも素晴らしかったです。


量子の月(第6の場所)
量子の月(第6の場所)のプレイ日記はこちら↓


いやぁ……
大興奮しちゃいましたよね。
このゲームで一番印象に残っている場所を挙げるなら、迷わずここを挙げます。
ゲーム的にはもしかしたらNomaiに会う機会があるんじゃないか……
いやでもストーリー的には会えるはずがない……
プレイ中は、もしも会うことがあったら…ということを考えて、絶対に絶対にネタバレを踏まないように気をつけていました。
中盤頃からは何度も私Nomaiに会いたいって言っていたと思うのですが、
本当に会えた時はもうプレイ中に一人で声出しましたもん。
私の人生にこんな奇跡的なことが起こるのか!!!!と感激したものです。(私の人生ではない)
量子の月に関してはプレイ日記を読んでいただけると、私がどれだけ嬉しかったか興奮したか、ということは分かってもらえるかなと思います。
ほとんど叫び声のプレイ日記ですからね。





今でもズッ友。
宇宙の眼でのNomai
宇宙の眼のプレイ日記はこちら↓


音楽を追いながら進んでいくと、Nomaiの骨たちが現れて、その姿が次第に光に向かって手を伸ばし、積み重なっていく……
あの演出、本当に感動しました。


何世代にもわたって同じ夢を見続け、技術と知識を積み重ねてきたNomaiたちの歴史が、あの一瞬で綺麗に描かれていて。
彼らの骨が何をしているのか理解できたとき、思わず泣きそうになってしまいました。
そんな彼らの意志を受け継いで、宇宙の眼にたどり着くことができた。
あの瞬間、「この旅をやり遂げられて本当に良かったな」と、しみじみ感じました。
【Outer Wilds考察】エンディングに何が起きた?|宇宙の眼の正体と観測者の役割
エンディングを見て私が考えたのは、以前の宇宙は終わり、そして観測者(主人公)により新しい宇宙が始まったということです。
最後の爆発のような映像は、宇宙の終わりではなく、始まりの方だったのでしょう。所謂ビッグバン。


よくよく考えると、↑この空間が一気に広がっていく描写は
膨張して世界が広がる様子であり、この後の爆発は終わりではなく始まりのビッグバンだ、ということを分かりやすくする表現だったのでは。
過去の宇宙も同じように始まった可能性が高いと考えられます。
「誰か前任の観測者がいて、その前任のおかげで宇宙の可能性は収束し1つのものになっていた。」
「新しい宇宙を始めるには観測者が必要で、それが宇宙の眼とも言える。」
だから”眼”って呼ばれてたのかもしれません。
宇宙の眼も量子的な存在と考えられます。
量子ルールが支配する世界において、眼もまた「観測されるまで確定しない存在」であったかのように描かれています。
プレイヤーが眼の内部で見た光景は、現実とは思えない不思議なものでした。
自分自身の幻影と出会ったり、環境が視線を外すと変化したりする様子は、量子の月などで体験した現象と酷似しています。



量子の月は宇宙の眼を真似ているので、当然と言えば当然。
つまり、宇宙の眼そのものが量子状態にある天体か空間であり、「誰かに観測される」ことで初めてその役割を果たすのではないでしょうか。
その役割とは「宇宙をリセットし、新たな創造を始めるためのスイッチ」のようなもの。
眼に辿り着いた観測者(主人公)が最終的に行ったのは、
“終わりゆく宇宙を見届け、新しい宇宙を作る”という行為でした。
宇宙の眼は長い間それを成し遂げる存在を待っていたのかもしれません。
実際、Nomaiの記録によれば
「眼は発見されたかった」「眼は我々に何かを求めているのだろうか?なんらかの形で我々を必要としているとでも?」
と推測されています。(参照:太陽なき街 眼の祭壇にて(【OuterWilds記録】燃え盛る双子星:太陽なき街にて眼の祭壇&太陽ステーション議論 #12)
眼自身が観測者を必要として信号を発していたとも解釈できます。
プレイヤーという観測者が訪れたことで眼は本来の機能を発揮し、現在の宇宙を終わらせて新たな宇宙を誕生させた…と考えると、終盤の出来事に一応の筋が通ります。
もしこれが正しければ、宇宙の眼はまるで『宇宙の生まれ変わり』を導く存在のように思えます。
前の宇宙から引き継がれた何らかの情報や意思がそこに宿っていて、次の宇宙へバトンを渡す役割を担っているのかもしれません。
観測されるまで不確定な状態にあり、観測された瞬間に世界の形が決まる──それは量子の不思議を体現するとともに、物語のテーマ「誰かが見ること・知ることの意味」を象徴しているようにも思えます。
そして新しい世界の様子ですが、これは観測者となった主人公の意識が反映された世界なんじゃないかなと思います。
主人公の理想通りだとは思えないので(だとしたら前の世界と同じようになる可能性が高い)あくまで主人公にとって印象強かったことが反映されている程度だと思います。
だから新しい世界でもキャンプファイヤーでマシュマロが焼かれている。


「意識的観察者が眼に入ることになったらどうなる?」とSOLANUMに問いかけられた過去の私がめっちゃ勘の良いことを言っていたのですが、
眼も量子の月と同じような変形をするのだとしたら、
何かに影響されてそれを反射するように変形するのかな。「意識的観察者が眼に入ることになったらどうなる?」
で思いつくのは、
その観察者自身に影響されて変形するとか……
私の意識が反映されるとか……そういうのしか思いつかないなぁ。
自分えらーーーーい!!!!!!
この時は宇宙の眼が変形するのだと思ってましたが、
宇宙自体が変形したってことになりますね。
【Outer Wilds考察】宇宙の眼の信号
「信号の発信源(宇宙の眼と呼ぶことにした)は、この宇宙よりも古くから存在している。」
太陽なき街 眼の祭壇にて(【OuterWilds記録】燃え盛る双子星:太陽なき街にて眼の祭壇&太陽ステーション議論 #12
Nomaiが追っていた眼の信号は宇宙よりも古くから存在していることをNomaiが突き止めていました。
この時点での宇宙の眼は私ではなく前の観測者が入っていたはずで、
それならこの宇宙より宇宙の眼が古くても当然ですよね。
観測者は前の宇宙から宇宙の眼に入って、その宇宙は崩壊しそして今の宇宙が創造されたわけですから。今なら分かる。



宇宙の眼自体が全く同じものとしてあり続けているのか、というのは分からないけど。
Nomaiは眼の祭壇を建造して神のように崇めていますが、
この感覚は結局正しかった。観測者は宇宙の創造に関わっているので、神と呼べる存在です。
「眼は意図的に我々に信号を送ってきたのか、それとも我々がたまたま信号を捉えただけなのか?
おそらく眼は発見されたかったのだ(知覚を持つ可能性?)。そして我々を選んだのかもしれない。眼は我々に何かを求めているのだろうか?なんらかの形で我々を必要としているとでも?
おそらく、我々である必要はないのだ。(以下は最初の『眼は意図的に我々に信号を送ってきたのか〜』から伸びている文章)
我々は何の意味もないことに意味を見いだしてしまうことがある。信号は偶発的に発せられたものなのだろう。
だとしたら眼の重要性は多少なりとも損なわれるのだろうか?」太陽なき街 眼の祭壇にて(【OuterWilds記録】燃え盛る双子星:太陽なき街にて眼の祭壇&太陽ステーション議論 #12
Nomai達は、眼が自分たちを呼んでいたのか、それともたまたま見つけただけなのか考えているようでしたが、
これは結局どっちとも言えずどっちも半分正解ってことで良いんですかね。
Nomaiは偶然、宇宙の眼の信号を捉えた知的生命体だった。
空中都市でSOLANUMがそのことに気づいていたようでした。
眼は知覚種族に手当たり次第呼びかけていたのかもしれない。
ただHearthianの技術がどれだけ進歩しても、Hearthianの時代には既に信号は無くなっていたのでNomaiしか発見しようになかったことを考えると、運命的なものを感じます。
【Outer Wilds考察】宇宙の眼の信号が止まった理由
Nomaiが追いかけてきた宇宙の眼の信号は止まってしまったわけですが、なぜなのでしょうか。
Nomaiは
“おそらくこれは眼の意思ではないのだろう。眼にとっては、これまでの呼びかけが精一杯だったのかもしれない。”
と言ってます。
この宇宙は終わりかけていたわけなので、存在を知らせる信号を発する力を失った可能性もあるのかな。
でも信号を受信した場所から宇宙の眼の距離が離れていたら、それは大昔に発せられた信号ということになります。
もし1,000光年離れた星系からの信号なら、それは1,000年前に発せられたものになります。
船の記録でANNONAは信号の発信元に飛ぶことを「かなり大規模なワープになる」と言っています。
それに加えて、宇宙が終わるのはNomaiではなくHearthianの世代ですから、宇宙の眼からの信号は相当昔に発せられたものだったはずです。
【Outer Wilds考察】宇宙の音楽の元ネタ
Outer Wildsでは宇宙に旅立ったパイロットたちは音楽を奏でています。
それによって自分たちの存在と位置を知らせてくれます。
この『宇宙の音楽』の元ネタは、
アポロ10号の乗組員たちが聞いた、月の裏側から聞こえる不思議な音なんじゃないかなと思いました。
アポロ10号のミッション中、月の裏側を周回している最中に
乗組員たちは「口笛のような奇妙な音」を聞いたと報告したんだそう。
一部では「地球外生命体の証拠ではないか」といった推測もされ、都市伝説的に盛り上がった時期もありました。
後の分析で、この音は宇宙船のVHF(超短波)通信システム間の干渉によるものだと説明されましたが。
現実の月はOuter Wildsの世界ではアルトロックになります。そのアルトロックでEskerが口笛を吹いているのと一致するため、
元ネタはここかな?と考えました。
詳しくはこちらの記事に書きました↓




【Outer Wilds考察】この世界の量子力学と観測者の影響
ずっと不思議に思っていたことがあります。
一般的に量子的な重ね合わせ状態が観測により収束する、その観察者は例えば虫や空気中の分子、光の反射でも観測の役割をするはずです。
なので、大きな物質が量子的な動きをする場合は、基本ずっと何かに観測されている状態になると思うのです。
なのに、量子のかけらも量子の月も、まるで私だけが観測者のように振る舞っていました。
おそらくOuter Wildsの世界では、観察者は知的生命体でないといけなかったのではないでしょうか。
現実でも実際に「観測者の意識が量子状態の確定(収縮)に関与するのではないか?」という解釈があり
代表的なものには『フォン・ノイマン=ウィグナー解釈』というのがあります。
「観測者の意識が物理系に影響を与える可能性がある」という提案なので、この解釈だと知的生命体(というか意識を持つ者)だけが観察者になれる、というのが成り立つようにはなる。
しかし、現実ではこの仮定だと実験結果などに矛盾が出てきますし
そもそも知的生命が存在する前の宇宙(例えば地球が形成される前や生命が誕生する前)では、誰も観測者がいないことになります。
この場合、量子力学に従うなら、宇宙のすべての状態が確定されず、混沌とした量子の重ね合わせ状態のままだったと考えざるを得ません。
あれ……
これってまさにOuter Wildsの世界じゃん。
観測者がいないと可能性が確定されないから、次の観測者として私がそれを担って終わったわけです。まさにこれ。
Outer Wildsの世界はこれを元にしたものなのかもしれない。
『フォン・ノイマン=ウィグナー解釈』についての解説記事はこちら↓


【Outer Wilds考察】逃げる量子の月
燃え盛る双子星の量子の月探知機で、超新星爆発前に量子の月は必ずいなくなっているのではないか(宇宙の眼の月になっているため)と思うようなことがありました。
超新星爆発前になると探知機はぐるぐる回って正常に働かなくなります。
参照過去記事:【OuterWilds記録】燃え盛る双子星:CHERTと会話・量子の月探知機 #14
そして最後に宇宙の眼で量子の月を見かけましたが、目を逸らしても場所を移すだけで宇宙の眼の衛星であり続けているようでした。
この時、おそらく既に太陽は超新星爆発を起こした後です。
参照過去記事:【OuterWilds記録】最終回:宇宙の眼とキャンプファイヤーとマシュマロと #44
太陽が超新星爆発を起こしても、惑星自体の存在が全て消えるようなことはないと思われます。
焼け野が原で生命は消えちゃってるとは思いますが。
なのに量子の月は他の惑星のところには戻りません。
あいつ絶対逃げてきてる。
【Outer Wilds考察】宇宙の終わりには超新星爆発が多発するのか
Outer Wildsの世界では、宇宙の終わりの前兆として超新星爆発が多発していました。
宇宙の終わりにはこういうことが起こるのでしょうか。
実際にどうなるのか私たちには知ることが出来ませんが、
宇宙終焉のシナリオの中の1つに『ビッグクランチ』というものがあります。
ビッグバンから宇宙は膨張を続けていますが、
ビッグクランチはそれが逆に収縮に転じて最終的に一点(特異点)にまで収縮するというもの。
この収縮の過程で、超新星爆発が多発する可能性はあるようです。



もちろんそれ以外にも前兆となる現象は現れるので、
Outer Wildsでビッグクランチが起きていたかどうかは分かりませんが。
ビッグクランチからまたビッグバンを起こし、新たな宇宙が始まる…それを繰り返しているのではないかという予測もあります。
これはビッグバウンスと呼ぶそう。
これもまさにOuter Wilds。
ビッグクランチとビッグバウンスについての解説記事はこちら↓


Outer Wilds終わりのまとめ:知りたい気持ちは終わらない
Outer Wildsは、プレイ中ずっと「知りたい」という気持ちに突き動かされるゲームでした。
でも、やっとたどり着いたはずのエンディングでも、まだ答えきれない謎や、自分なりに解釈したくなる余白がたくさん残されていて。
量子の不確定性、観測者の役割──こうしたテーマに「ゲーム」という形で触れられたことは、本当に特別な体験でした。
きっと、プレイヤーの数だけエンディングの受け取り方があって、
この世界をどう見て、どう理解したかもすべて我々「観測者」によって決まるんだと思います。
知りたいと思う気持ちは尊いもので、自分のその気持ちを大切にしたい
そんなふうに思えたゲームでした。
このゲームに出会えて、本当によかった。



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